伊藤 智子


英語講師になるまでのストーリー

Posted by 伊藤 智子 on
塾長日記
英語講師になるまでのストーリー

おはようございます!学習塾Dear Hope代表 伊藤智子です。

今日もブログにお越しくださり、ありがとうございます。

なぜ英語を教えているか

最近、偶然にも複数の方から、「なぜ英語を教えているのですか。」と聞かれました。

私が今、教えている科目は、英語、そして主に推薦・AO入試対策の小論文です。

なぜって、ずっとやっているから・・・と思いましたが、振り返ってみると、私が大学生になり塾での仕事を始めた最初のころは、求められる科目はなんでもやっていました。

高校受験の数学、中学生の国語、中学受験の算数・社会、小学生の基礎の算数・・・。

どれも楽しくて、やりがいもありました。

でも、一番求められたのが「大学受験英語」だったのだと思います。教える側の私としても、「自分の専門科目」として最後まで(大学受験まで)生徒さんの成長に責任を持てると思えるのは、英語でした

ほかの科目も、予習をしてきちんと準備することで、上手に教えることはできます。でも、その科目の全体像を深く理解して教えるのとでは、説得力が違います。

結局、一番頑張って取り組んできた英語が今の仕事につながっているのは、不思議な気もしています。今日は、「英語と私」というテーマで徒然に書きました。

よろしければぜひお読みください。

英語は私と生徒さんをつなぐパイプ

東京大学在学時より、おもに高校生・大学受験生の英語指導・受験相談に携わり、丸17年になります。

中高生の頃、自分が将来英語を教える仕事に就くとは想像もしていませんでしたが、中学1年生で英語の勉強を始めて以来、もっとも一生懸命勉強したのは英語で、「わかった時の喜び」「英語の文章で感動した時の喜び」を一番強く味わわせてくれたのも、英語でした。

いま、英語は、私にとっては、未来ある素晴らしい生徒さんと私をつなぐ大事なパイプになっています。これまで英語の勉強を一生懸命やっていて本当に良かった、と思います。

「人に教えるために学ぶ」ことを意識したきっかけ

私が「ほかの人に英語を教える」ことを意識して勉強を始めたのは、中学3年生の時です。きっかけは、とても厳しく情熱的に英語を指導してくださっていた学校の先生が、「いつ、あなたたちが、私から1時間英語の授業を任されても困らないように予習をしなさい。」とおっしゃったことです。

今になって、「そのくらいの気持ちで予習しなさい」という意味だったのだと思えるのですが、先生はとにかく厳しくて、冗談をおっしゃるようにも見えなかったので、私はその話を大真面目に受け止めました。そして、「この先生とクラスのみんなの前で授業することになったら大変だ!!」と思い、必死に「授業の準備をするがごとく」予習をするようになりました。

先生の見よう見まねで、意味の取りにくい文の構造を一生懸命考えたり、大事そうな単語の派生語など調べ上げたりして、1時間の英語の授業に対して、3時間以上の予習をして臨むようになりました。

結局、「1時間任される」という事件は起こらなかったのですが、「いつその時が来るかわからない」と思うと、手を抜くことはできませんでした。今にして思うと、なかなかまじめな学生でした・・・(笑)

どう説明したら、まず自分にとってわかりやすく、覚えやすいか

特に、英文法は、「どう考えたら自分にとってわかりやすく、人にも説明しやすいか」を考え続けました。そのクセがずっと抜けず、教える時も、いつもそのことを意識しているので、生徒さんたちに、「わかりやすい」と言っていただけるのではないか、と思います。

私は英語圏に住んだことはありません。(小学5,6先生の時スウェーデンに住んでいましたが、よくわからないスウェーデン語で生活していました。)なので、日本人が、1から学校で英語を学ぶときに経験する、「なにこれ、わかりにくい。」「なんでこうなるの?」というつまづきを、全部経験していると思います。

その都度、辞書や参考書を調べ、わからないときは先生に質問し、一つ一つ、クリアしてきました。そして、どう説明したら自分が納得しやすいか、覚えやすいか、一生懸命考えてきました。だからこそ、生徒さんの「どこでつまづいているのか」そして「何を学理解すればボトルネックを取り除けるのか」が見える。それは、私の強みだと思います。

ちょっと恥ずかしい思い出

英語での思い出はたくさんありますが、印象に強く残っているのは、「センター試験の日に、英語の長文に感動して泣いたこと」です(笑)試験中のおそらくわずか数分間だと思いますが、本当に、試験中であることを忘れ、長文の世界に引き込まれ、長文の最後の「素晴らしいメッセージ」を読んだとき、ぼろぼろと涙が流れました。(何かで鼻をかみたくなった時のために机上に置いていたティッシュを使いまくりました。)

その英文は、「こんなふうに生きたい」と、心から思わせてくれる内容でした。2000年のセンター第6問です。今では、担当した生徒さんとは必ず一緒に読んでいます。

そのセンター試験に限りませんが、心に残る英文をたくさん読めてきたことは、私の財産の一つですし、日本語でも英語でも「文章を読んで心を動かされる」という経験を、生徒さんにも味わってほしいと思っています。

新たな心の窓を開ける学び

NHK連続テレビ小説「花子とアン」の中で、主人公の花子(翻訳家、作家)は「外国語を学ぶということは、それだけ多くの心の窓を持つということです。」と語っていました。私は、この言葉にも、深く感銘を受けました。

今では、英語教育が義務化されて、誰でも英語を学べる時代であり、むしろ、英語は「学ばなければならないもの」という時代でもあると思います。それでも、せっかくならば、義務感に疲弊するのではなく、新たな心の窓を開けるというチャンスに喜びと興奮を持って、学んでいきたい。私の教室では、そのようでありたいと、思っています。

長くなりましたが、今日はここまでにします!

それでは、また。

この記事を書いた人:

学習塾Dear Hope代表 英語講師・キャリアコンサルタント 伊藤智子